僕の父の髪が薄くなり始めたのは、確か三十代後半だったと思う。若い頃の父を知っている親戚は「昔はフサフサだったのに」と口を揃えるが、物心ついた頃の僕にとって、父の頭はすでに少し寂しい状態だった。そして、母方の祖父もまた、見事なまでに髪がなかった。AGAは遺伝すると聞く。僕は、鏡を見るたびに、自分の生え際に父や祖父の未来を重ねて、漠然とした不安を抱えていた。二十五歳になったある日、その不安は明確な恐怖に変わった。シャワー後の排水溝に溜まる髪の毛が、明らかに増えていることに気づいたのだ。まだ誰かに指摘されるほどではない。でも、僕自身には分かる。何かが始まろうとしている。このまま何もしなければ、僕も父と同じ道を辿るのだろうか。その考えが頭をよぎった瞬間、僕は決意した。「運命に抗ってみよう」と。僕が始めたのは、特別なことではない。まず、食生活を見直した。コンビニ弁当やラーメンが中心だった生活を改め、髪の主成分であるタンパク質を意識して、豆腐や鶏肉、卵を積極的に摂るようにした。次に、睡眠。夜更かしをやめ、最低でも六時間は眠るように心がけた。そして、週末には軽いジョギングを始めた。ストレス発散と血行促進のためだ。もちろん、これだけでAGAの進行が完全に止まるとは思っていない。でも、何もしないで後悔するより、ずっといい。これは、未来の自分への投資なのだ。まだ目に見える効果はないかもしれない。でも、自分の体を大切にするという習慣は、僕の心に確かな安定感をもたらしてくれた。父のようになりたくない、というネガティブな動機から始まった僕のAGA予防は、いつしか、自分自身を大切にし、より良く生きるための、前向きな挑戦へと変わっていた。