患者が薄毛の悩みを訴えてクリニックを訪れた際、医師は一体、頭皮の何を見て「AGAである」あるいは「AGAではない」と判断しているのでしょうか。その診断の裏側には、経験に基づいた観察眼と、科学的な根拠が存在します。診断の鍵を握るツールの一つが、数十倍から数百倍に頭皮を拡大して観察できる「マイクロスコープ」です。まず、典型的なAGAの場合、マイクロスコープで見ると特徴的な所見が観察されます。それは「毛髪の太さの不均一性」です。健康な頭皮では、一つの毛穴から生えている毛の太さは比較的揃っていますが、AGAが進行すると、男性ホルモンの影響でヘアサイクルが短縮され、十分に成長しきれない細く短い毛(軟毛)の割合が増えてきます。太い毛と細い毛が混在している状態は、AGAを強く疑うサインとなります。一方で、「AGAではない」と診断されるケース、例えば「脂漏性脱毛症」の場合は、所見が全く異なります。マイクロスコープを覗くと、毛穴の周りに黄色っぽい酸化した皮脂がこびりついていたり、頭皮全体が赤みを帯びて炎症を起こしていたりする様子が観察されます。毛髪自体の太さは比較的均一で、AGAのような軟毛化はあまり見られません。また、円形脱毛症の場合は、脱毛部分の境界が比較的はっきりしており、毛根が破壊されている様子が見られることもあります。医師はこれらのマイクロスコープ所見に加え、詳細な問診情報を組み合わせることで、診断の精度を高めていきます。いつから抜け毛が気になり始めたか(期間)、抜け方の特徴(全体的にか、局所的にか)、生活習慣の変化、既往歴など、患者から得られる情報も重要な判断材料です。このように、医師は複数の視点から総合的に判断を下しており、その診断には確かな根拠があるのです。