中堅メーカーで営業として働く鈴木さん（仮名・32歳）は、ここ数ヶ月、深刻な悩みを抱えていた。新規プロジェクトのリーダーに抜擢され、プレッシャーと連日の激務で心身共に疲弊していた頃、シャワーを浴びるたびに排水溝が髪で真っ黒になるようになったのだ。鏡で頭頂部を見ると、明らかに地肌が透けて見え、彼の心は恐怖で支配された。「ついに来たか、AGAだ」。父親が早くから薄毛だったこともあり、彼はそう確信した。仕事の成績は順調だったが、それに反比例するように髪への自信は失われ、お客様と話す時も視線が気になって集中できない。このままではいけないと、彼は意を決してAGA専門クリニックの門を叩いた。しかし、医師によるマイクロスコープでの診察と問診の結果は、予想外のものだった。「鈴木さんの場合、AGAの可能性は低いですね。これは典型的な休止期脱毛症だと思われます」。医師は、AGA特有の毛髪の軟毛化（細く弱々しくなること）があまり見られないこと、そして短期間での急激な脱毛は、大きなストレスが引き金となる休止期脱毛症の特徴だと説明した。つまり、彼の薄毛の直接の原因は、遺伝ではなく、プロジェクトの重圧という「ストレス」だったのだ。診断を受けた鈴木さんは、拍子抜けすると同時に、自分の体が悲鳴を上げていたことに改めて気づかされた。彼は医師のアドバイスに従い、意識的に休息を取るようにした。週末は仕事を忘れ、趣味の釣りに没頭した。食事も疎かにせず、バランスを考えた自炊を始めた。すると三ヶ月ほど経った頃、抜け毛はピタリと止まり、やがて頭頂部に短い新しい髪が生え始めていることに気づいた。彼の事例は、薄毛の原因が必ずしもAGAだけではないこと、そして心と体の健康が、いかに髪の状態に密接に関わっているかを雄弁に物語っている。