日々の診療現場において患者様から「先生、私はもう完全にハゲ上がってしまっていますが今から治療をしても遅いでしょうか」という切実な質問を受けることが多々ありますが、医師としての誠実な回答は「薬だけでフサフサに戻すことは困難かもしれないが外見を改善する手段は残されている」というものであり、手遅れかどうかは患者様がどの程度の回復ゴールを設定するかによって定義が変わってくるという現実をお伝えしなければなりません。AGAの進行度分類であるハミルトン・ノーウッド分類においてステージⅥやⅦといったかなり進行した段階、具体的には生え際から頭頂部にかけての広範囲で地肌が露出し残っているのは側頭部と後頭部のみという状態になっている場合、正直なところ内服薬と外用薬だけの保存的療法でかつてのような密度を取り戻すことは医学的に見て非常にハードルが高いと言わざるをえません。なぜなら薬物療法はあくまで「今ある毛包」に働きかけて活性化させるものであり、すでに毛包がミニチュア化の極限を超えて消失してしまった部位に新たに毛包を作り出す魔法ではないからです。しかし、だからといって全ての希望が断たれたわけではなく、例えば内服薬で今残っている毛髪をこれ以上減らさないように維持しつつ、特に見た目の印象を左右する生え際部分に集中的に自毛植毛を行うことで、劇的に若々しい印象を取り戻すことは十分に可能です。また、完全にツルツルの状態に見えても、実は毛根が仮死状態で残っているケースもあり、強力なミノキシジルの内服やメソセラピーと呼ばれる成長因子注入療法を併用することで、患者様自身も驚くほどの産毛が生えてきて、薄くはあるものの「ハゲ」という印象からは脱却できるレベルまで回復する事例も決して珍しくはありません。医師が考える「手遅れ」の境界線とは、医学的な治療手段が尽きた時ではなく、患者様自身が「もうこれ以上はいいや」と諦めてしまった瞬間であり、医学的にはどのような進行度であっても何らかのアプローチが可能であるケースがほとんどです。例えば、かつらや増毛といった選択肢も、医療ではありませんがQOL(生活の質)を上げるための立派な解決策の一つですし、最近ではヘアタトゥー(SMP)といって頭皮に微細な色素を入れることで坊主頭風のスタイルをカッコよく見せる技術も普及しており、選択肢は多様化しています。したがって、「完全にハゲ上がったから手遅れ」と短絡的に結論づけるのではなく、現在の自分の頭皮の状態に残されたリソースを最大限に活用して、どこまで見た目を改善できるかという現実的なプランを医師と共に模索する姿勢が大切です。最も勿体ないのは、ネット上の不確かな情報や素人判断で「自分はもう無理だ」と決めつけ、専門家の診察を受ける機会すら放棄してしまうことであり、現代の薄毛治療はオーダーメイドで多様な組み合わせが可能ですから、まずは恥ずかしがらずにカウンセリングを受け、自分の現状を客観的なデータとして把握することから始めていただきたいと強く願います。
完全にハゲ上がってからでは遅いのか医師が語る境界線